神保町ファイトクラブ

趣味に全力で生きる三人、黒田よわし(@jack_kuroda)、アシェンデン(@bitsecond)、Xuniが新旧問わず本・映画・その他の感想などを書いています。

話題沸騰の麻薬業界を経済学で読み解く【ハッパノミクス】

 どうしても麻薬と聞いて、まともなイメージを伴うことはまず無い。
飛交う札束と薬物、慈悲なき血まみれの暴力、権力とカリスマと共に君臨する麻薬カルテルのボス。フィクションから膾炙した麻薬業界のイメージは現代のゴッドファーザーに近しい。



 しかし、怪しげな麻薬のベールに包まれたこの麻薬業界を経済学で切り込んでみると何が見えてくるのか?その試みをまとめたのが本書 ハッパノミクス である。



 結論から言わせてもらうと、経済学で麻薬業界を読み解くと、その経営に必須なのは上場企業CEOも真っ青な経営学のスキルがなければならないということが判明する。実のところ、麻薬カルテルのボスは名経営者でなければならないのだ。



 例えば、本書3章で掲載されている人材問題についてだ。麻薬の市場(仄暗い裏側のストリートだ。)で窓口となる売人はフィクション経由の理解を用いると、組織の下っ端、使い捨ての人員、という卑近なイメージが纏い付く。
 しかし実際に求められているのは、それ以上のはるか上である。



 まず、人材の補給が困難だ。まさか職業斡旋サイトLinked inに「ヤクの売人募集。(敵対組織の銃弾のおまけ付き)」と掲載はできない。問題はさらに多く、自らが売買する商品(もちろん薬物)に溺れない強い自制心、法執行機関から卸相手まで仲介する高度なコミュニケーションスキル等、高度なスキルが伴う。またこのような逸材はいつも現れるわけではなく、敵対組織からの処刑や法執行機関の逮捕等で離職もあるため、慢性的な人材不足に陥るという。この背景から、麻薬カルテルのボスは売人の人材不足には頭を抱えているという。なんだかどこかで聞いたことがあるような話である。



 またカルテルはもちろん営利目的の組織拡大のために業務委託であるオフショアリングや暖簾分けのフランチャイズ(!)も行う。(本書 第5章 オフショアリング、第6章フランチャイズの未来 で紹介。)
 例えば、メキシコの麻薬カルテルは南米のコロンビアやベネズエラに麻薬の原料栽培や精製をオフショアリング、さらには組織経営形態をそっくりそのまま、看板貸しをする代わりに手数料を徴収して、その国々でフランチャイズする等、その経営方法は我々が知悉するそれに非常に近い。



 さらに、麻薬業界は進化を止めない。なんと麻薬のオンラインショッピングサイトもある(本書 第8章 オンライン化する麻薬販売)。“麻薬界のアマゾン”と呼称される「シルクロード」というサイトは、偽造クレジットカードからオリジナルブランド麻薬を扱うダークサイドウェブだ。もちろんアマゾンと同じく、評判の良い麻薬には熱いレビュー(これでぶっとべますよ!等)がつき数々のブランドとシノギを削っている。サポートも取引業者とチャット形式で行なえ、さらに、クーリングオフも一部商品では可能だという。

 著者はこの章で下記のようなことを語っている。

“私はヴィシャスという※クリスタル・メス用パイプの送り主に、ギフト用の名前入れサービスは行っているかという面倒くさい質問をわざと送ってみる。すると、「あいにくうちでは対応しかねますが、そうゆう業者が見つかるといいですね。」という優しい回答が帰ってくる。”

※薬物の一種 ※はブログ筆者追記
引用 ハッパノミクス P.190

さらにこんな一幕。

ドイツを拠点とする※エクスタシーの販売業者「スナップバック」の販売ページを見てみると、「私達は信頼できる顧客基盤を築くべく取り組んでいますそれがこの業界で生き残る唯一の道であり、双方が満足できる方法でもあるからです😃」

※薬物の(以下略  ※はブログ筆者追記
引用 ハッパノミクス P.191

 驚異的なのは、このサイトの構造的な安全性である。シルクロードに接続するためには多重暗号化技術オニオンルーティングを搭載するTorという特殊なウェブブラウザが必要になる。これを用いればユーザーの閲覧履歴はほぼ追跡不可能になってしまうという。さらに、支払い方法にはビットコインが使用され、なおもその秘匿性は高い。



 紹介したように麻薬業界は閉鎖的で非知性的な市場ではなく、熟練したビジネススキルと卓見性が強く求められるそれであるのだ。進化を止めず、洗練された麻薬業界の手法を見てしまうと、凡百のビジネス書などセンチメンタルな言葉を陳列する一連の戯言に過ぎない。おそらく、カルテルのボスはそんな本を書く人間よりもビジネスが遙かに巧みだろう。実は、白い粉の経済学の向こう側には、名経営者への道が続いていたのだ。(※ただし、監獄か棺桶行きも有りうる。)



 刺激的な麻薬業界の経営スキルでトリップして、知的好奇心を満たそうじゃないか。実におすすめしたい一冊である。

レビュアー:アシェンデン

ハッパノミクス

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